ラフ

ステージの上から、もしくはキャンパスの中から
観客を見つめるその目は、一見すれば恋をしているような、
全ての観客にとっての恋人であるような、

でも決して本心はそうではない。

華やかな、それでいて深さがまるで底なしの沼の様な複雑さを持ち
微笑む彼女は・・・誰も信用してはいなかった。
裸になり、数多くの男の前で様々な自分の形を見せる日々・・・
色んな意味で無感情にさせる。

どうでもいい。金さえもらえるなら・・・。

彼女は仕事の後、聞くだけに徹する冴えない男にそう吐き出す。
毎晩の様に続くが、男は飽きもせず・・・否、最初から飽きる以前に興味がないのかもしれない。
でも、その男がいるバーに２４時の２０分前ぐらいに必ず来るんだ。
バーボンをロックで飲みながら、力無く話す。

そんな毎日が数年と続いた頃・・・
女の中に不思議な感情が渦巻いていた。
その冴えない男の変化が彼女を刺激していたのは間違いなかった。
数週間前に彼女が何気なくしたいつもの愚痴に感情的になってしまった時だった。

「私は男達の目の中にいる真っ黒なカラスに啄ばまれて腐っていくのよ！」

何故それをいったのか・・・何故それを目の前の冴えない男に言わなきゃいけなかったのか。
自分の口が信じられなかった。そして、頬を伝う何かに驚いた。

涙だ。枯れたはずの涙が彼女の頬を伝っていた。その日だけ・・・でも何故？
それを男は黙って見ていた。本当にグラスを磨く手が無ければ置物の様な男だった。
いつもの様に黙って彼女を見ているだけ・・・

「いえ、貴方は腐りませんよ。私は貴方を見てますから。」

「あ、あんただって私の肌が見たいんでしょ！」
男はそれ以上何も言わなかった。またいつもの長身の細身の置物がそこにあった。

でも本当にそれからだ・・・彼女の中に不思議な感情が生まれたんだ。
毎日の様にバーに行くのは変わらない。いつもの席でいつもの様に男に・・・
しかし、無言が続いた。男が自分から喋ってくれるのを待っているのかといえばそうではない。
自分が何を喋って良いのかわからなくなっていたんだ。
ここに来て八つ当たりの様に言葉を・・・否、言葉と言うよりは感情の無い自分への罵声を
吐き出しているだけの日々だったのだ。頭の中にはいつもの罵声が
複雑なマーブル模様を描いているのに・・・それが喉から外に出る事を嫌がっているのだ。

何故？・・・いつもの店・・・いつもの様に最悪な仕事を終え、この男の前に・・・この男？

この男に、これ以上自分の汚さを見せたくないって思ってるの？
汚くたって・・・どんなに身体の価値が下がっていこうと
お金があって幸せな暮らしをしていればいい！そう思って生きてきた私が？
汚れていく事を・・・この男に知られる事を恐れている・・・。

その事実を理解するのに時間はかからなかった。
彼女はバーに行かなくなった。最初は一週間に数回と回数が減っていき
月に数回になり・・・ついに行かなくなった。そうではない、行けなくなったのだ。

彼女は仕事が終わると自宅に帰るようになった。
そして、彼女は静かに泣く・・・
そこではカウンターもなく、静かな音楽もなく、座り心地の悪い椅子もなく、酒もなく、男もなく。
また彼女は泣く・・・全てがなく孤独な空間で、彼女はまた泣く

何この話？って思うよね？
いや・・・何か・・・頭の中に浮かんだストーリーを書いてみました。
別に深い意味を考えてね。って訳でもなく・・・（笑